Official髭男dism待望の3rdアルバム『Rejoice』全曲解説|3年ぶりの新作を徹底深掘り

ライター:沖さやこ
 Official髭男dismが約3年ぶりにオリジナルアルバムをリリースする。タイトルは『Rejoice』。「ミックスナッツ」「Subtitle」といったヒットシングル曲を筆頭に、「Anarchy」のアルバムバージョンや新曲といったアルバム曲も多数収録した、全16曲の大作である。

 2021年にリリースされた前作『Editorial』は、バンドとしてのサクセスストーリーをひと通り経験したうえで、どれだけまず自分たち自身が満足できるものが作れるのかを探究した作品だった。4人で長くクリエイティブに活動を続けていくために大事なものは何かをチームで見つけ出し、同年はライブ活動を重点的に行うなど、バンドとしての軸をより太く、強固なものとした。

 『Editorial』を経て、彼らは2022年からさらなる音楽的挑戦に舵を切る。聴く者を圧倒する鮮烈かつ痛快なバンドサウンド、合唱コンクール曲の制作、同じ作品と何度もタッグを組むたびに視野を広げ解像度を上げるタイアップ主題歌など、難易度の高い楽曲をコンスタントにリリースし続けた。その結果『Rejoice』には、これまでの経験がなければ成し得ないキャリアを積んだバンドならではの成熟、音楽に感動し続けるフレッシュネス、聞こえのいい言葉で誤魔化さない誠実さが融合した楽曲が多く揃ったのだ。

 2018年の「ノーダウト」で注目を集め、2019年の「Pretender」で名実ともに日本を代表するアーティストとなったブレイクから5年。彼らの歩みを振り返りながら、『Rejoice』の世界に没入しよう。
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自分たちのポップスの美学を貫いてきたからこそ舞い込んだチャンス

 2012年に藤原聡(Vocal, Piano)が「この4人ならば最高の音楽が作れる」と確信した小笹大輔(Guitar)、楢﨑誠(Bass, Sax)、松浦匡希(Drums)に声をかけて、地元・山陰地方にて結成に至った。藤原と小笹は中高時代からの鳥取のライヴハウス仲間で、藤原と楢﨑と松浦は島根の大学の軽音楽部の先輩後輩。藤原は、10代の頃からドラマーとしてハードロックを中心にプレイしていただけでなく、ポップスやR&B、オールディーズなどにも造詣が深く、ピアノやキーボードも弾ける多才な実力者だ。そんな藤原からバンドに誘われた3人は、それを快諾した。

 大学卒業のタイミングで音楽活動を辞めるバンドマンが多いなか、彼らは卒業後も社会人生活と両立しながらバンド活動を続けた。週末には夜行バスで東京へ赴きライブをし、朝に帰宅してシャワーを浴びてそのまま仕事に向かうというハードワークをこなしながらも、バンドへの熱量を失わなかった。地元のFM局のアマチュアバンドコンテストでグランプリを獲得し関西のサーキットイベントへの出演を決めるなど、一歩一歩着実に結果を出した。

 2015年4月に現在の所属事務所でありインディーズレーベルであるLastrumより、1stミニアルバム『ラブとピースは君の中』で全国デビューが決定。インディーズバンドには珍しく、ソウルミュージックとロックを掛け合わせた全年齢対象のポップソングを制作していた。すなわち当時より彼らはシーンに迎合せず、自分たちの信じるポップアーティストとしてのスタイルを貫いていたのだ。2016年には上京し、精力的なリリースとライブ活動を行う。一見風変わりなバンド名はリスナーの印象に残り、安定感と遊び心のあるポップソングは不特定多数の観客をも大きく沸かした。

 彼らに転機が訪れたのは2018年に入って間もない頃だった。音楽プロデューサーの蔦谷好位置がTV番組内で彼らの楽曲「Tell Me Baby」をレコメンドし、同時期にTVドラマのプロデューサーより声が掛かり、同年4月より放送されたフジテレビ系月9ドラマ『コンフィデンスマンJP』に主題歌として「ノーダウト」を提供することとなる。月9枠でインディーズアーティストの楽曲が起用されたのは史上初だった。

 同曲を表題にしたシングルと1stアルバム『エスカパレード』を同時リリースしメジャーデビューすると、瞬く間に音楽ファンやお茶の間にその存在が知れ渡り、夏フェスでも大きな話題を呼んだ。その人気を不動のものとしたのが、翌2019年にリリースされた映画『コンフィデンスマンJP』主題歌「Pretender」の大ヒットだった。

言葉では表しにくい複雑な人間の感情を、繊細な筆致で明確に描く

 「Pretender」は、深く相手を思いながらもそれゆえに別れを選択するという繊細で複雑な感情を、言葉の巧みな組み合わせと緻密なコードワークとメロディで表現したラブバラード。伝えられなかった思いを抱えた人々の心に、深く突き刺さった。その後も初の日本武道館公演の開催、「2019 ABC夏の高校野球応援ソング / 熱闘甲子園」の書き下ろしテーマソング「宿命」とメジャー1stフルアルバム『Traveler』のリリース、「NHK紅白歌合戦」の初出場と、飛ぶ鳥を落とす勢いで2019年を駆け抜けた。

 コロナ禍でもタイアップソングで次々とヒットを放ち、2021年にはメジャー2ndフルアルバム『Editorial』をリリースした。同年9月からは初のアリーナツアー「Official髭男dism one-man tour 2021-2022 -Editorial-」、2022年からは結成10周年記念ツアー「SHOCKING NUTS TOUR」を開催するなど、リリースと並行して精力的なライブ活動を行った。2023年には藤原が声帯ポリープを発症しライブ活動を休養するものの、リリースはコンスタントに続き、年末には「NHK紅白歌合戦」に4度目の出場を果たす。そうしたなか、このほど約3年ぶりのフルアルバム『Rejoice』がリリースされるというわけだ。

 ヒゲダンの音楽は耳馴染みが良く洗練されたポップソングに着地しているものの、それらを作る一つひとつは白黒つけられない人間の感情や詫び寂びが嘘偽りなく反映されているのが特徴的だ。様々な経験を経た彼らだからこそ紡ぎ出せる悲喜こもごもの美しい音と言葉が、人間ならではの凛々しくもどこか情けなさが隠し切れない愛嬌を輝かせた。人間の心と生き様に真摯に向き合った16曲は、あなたの心の奥深くにも染み入るのではないだろうか。
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1曲1曲の強度とドラマチックな曲順が光る『Rejoice』全曲解説

01. Finder
 今作のオープニングを飾る、イントロダクションやプロローグの位置づけとなる楽曲。柔らかいピアノにソフトなボーカルが重なり、徐々にスケールを増していく展開と、コロナ禍による制限が撤廃されて再び動き出す世界を描いたであろう歌詞が、聴き手の高揚を掻き立てる。

02. Get Back To 人生
 「Finder」とシームレスでなだれこむ、今作のシンボル的楽曲。シティポップの洗練性と民族楽器風の音色の躍動感に満ちたビート、バンドならではのダイナミズムを併せ持つサウンドが、歌詞に綴られた「人生を謳歌しよう」というメッセージを爽やかかつ力強く届ける。さらに《ミスりながら生きよう》など、ほころびも人間の旨味であるという暗喩を入れるところに、このバンドの思慮深さが表れている。

03. ミックスナッツ
2022年6月にリリースされた『ミックスナッツ EP』の表題曲であり、TVアニメ『SPY×FAMILY』オープニング主題歌。のびのびとしたメロディで包み込んだ「Get Back To 人生」から、つんのめるような慌ただしいリズムワークと華やかでユーモラスなサウンドの同曲になだれ込む。ここまでの曲順からも、彼らのフルアルバムのフォーマットへの美学が感じ取れるだろう。タイアップ作品の要素をふんだんに取り込みながら、今の時代を生きる人々の関係性にも着地させた、ヒゲダンのバランス感覚が光る1曲だ。

04. SOULSOUP
 「ミックスナッツ」に続いて2023年12月にデジタルリリースされた『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』主題歌を並べる曲順で、リスナーを『SPY×FAMILY』の世界に浸らせるエンタメ性も見事だ。「ミックスナッツ」同様に鮮やかに動き回る作品の登場人物を音に投影すると同時に、確固たる情熱を感じさせるところがこの曲の大きなギミックと言えるだろう。泥くさくなりすぎない硬派なギターの音色と一抹の憂いが香るメロディが、歌詞に綴られた強い意志をより深く聴き手の脳裏に刻み込む。

05. キャッチボール
 青空の下の開放感と、雲の上の浮遊感を同時に彷彿とさせるポップソング。藤原の声がクリアに映えるキーで構成されたメロディと、一定のリズムをキープしたアレンジはとても風通しがいい。さらにそこでスパイスとなり得るのが、《いつも以外》の世界、すなわち自分の夢見るフィールドへと懸命にアクションを起こす様子だ。過去を振り返らずに飛び立とうとする心情を、キャッチボールの風景とクロスオーバーさせながら独特の筆致で綴る。

06. 日常
 2023年9月に両A面シングル『Chessboard / 日常』としてリリースされた、日本テレビ「news zero」テーマソング。全世代の「明日が憂鬱だ」と感じている人々に思いを馳せながら曲作りをしたという本曲は、行き場のないぼんやりとした重苦しさを、淡々とした穏やかなサウンドと、社会人経験のある藤原ならではの解像度の高い歌詞で表現している。ふとこぼれたため息をすくい上げたような音楽は、切なくも優しい。

07. I’m home (Interlude)
 「Sharon」の導入となる、20秒ほどのインタールード。「日常」に《夜の帰り道》という歌詞があり、「Sharon」は《「ただいま」の代わりに扉の音を殺して》という歌い出しでスタートするため、それぞれの物語をつなぐ重要な役割を果たしている。

08. Sharon
 今作から先行してデジタルリリースされた、カンテレ・フジテレビ系月10ドラマ『マウンテンドクター』主題歌。自分の帰りを待ってくれている大切な人に愛を注ぎたいのに、夢や生きがいとバランスよく両立できない悔しさや申し訳なさ、「寂しい」という本音を躊躇する「あなた」に支えてもらえていることへの感謝などがない交ぜになっている。自分の不甲斐なさに悩みながらも “帰る場所” で待っている大切な人へまっすぐ思いを伝える、愚直なほどに誠実なラブソングだ。
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09. 濁点
 「Sharon」が帰る場所にいる人への愛情ならば、この曲は遠くにいる「君」との夜中の長電話から世界が広がる。愛しい人への思いが綴られた曲が多いなか、この曲はただ自分の欲求を吐露しているのが新鮮だ。サウンドはデジタルをベースにした幻想的な空気感で、夢うつつの深夜に明日のことを考えずに甘い時間を過ごす背徳感ならではのロマンチシズムや心地よさが宿る。《綺麗じゃない生き物》の側面を甘美に描いた楽曲と言えるだろう。

10. Subtitle
 2022年10月にデジタルリリースされた、フジテレビ系木曜劇場『silent』主題歌。歌詞とメロディにスポットを当てた冬のラブバラードでありながらも、レイドバックするリズムや各楽器にアクセントとなるフレーズなどを取り入れることで、王道J-POPから少しはずしたヒゲダンならではのアプローチを実現させた。ドラマの主人公が音のない世界に生きているため、歌詞が台詞の字幕(=subtitle)のように構成されているところにもセンスが光る。

11. Anarchy (Rejoice ver.)
 2022年1月にデジタルリリースされた、映画『コンフィデンスマンJP 英雄編』主題歌のアルバムバージョン。ホーンが加わるなど元アレンジよりもさらにパワーと勢いが増し、それに比例してエッジの効いた歌詞の威力も凛々しく響く。中盤以降に訪れる展開が変わるセクションは、さらに壮大で祝祭感溢れるアレンジとなった。ヒゲダン流スタジアムロックの最新形と言ってもいいかもしれない。

12. ホワイトノイズ
 2023年1月にデジタルリリースされた、TVアニメ『東京リベンジャーズ 聖夜決戦編・天竺編』オープニング主題歌。人懐こく青さのあるメロディが大らかに広がるロックナンバーで、時折入るスリリングなストリングスがギミックになっている。泥くささと爽やかさを併せ持つ堂々としたサウンドは、まさに少年漫画の主人公そのもの。強い意志を持って晴れやかに突き進む気概が隅々まで通っている。

13. うらみつらみきわみ
 肩肘張らない軽快なサウンドに乗せて、愚痴にも近い心情をユーモラスに昇華する。歌詞にはついつい共感してしまう人も多いのではないだろうか。誰かに対して攻撃的になってしまいながらも「こんなことを思わない自分になれたらいいのに」と肩を落とすこともあるし、うらみつらみをエネルギーにポジティブな方角へと進めることもある。自分の幼さも受け入れながら、折り合いをつけていくことが幸せの一歩であると励ましてくれるようだ。

14. Chessboard
 2023年9月にリリースされたシングル『Chessboard / 日常』に収録されている、第90回NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲。合唱用に書き下ろされた曲ゆえ、伸びやかなメロディとクワイヤライクなセクションが印象的だ。人生の岐路や選択をテーマにした歌詞も、聴き手をまだ見ぬ不鮮明な未来へと穏やかに送り出す。

15. TATTOO
 2023年4月にデジタルリリースされた、TBS系金曜ドラマ『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』主題歌。軽やかでありながらも憂いがあり、切ないながらにポジティブなムードもあるポップソングには、心機一転で再始動する人、「明日から本気出そう」と眠りに就く人、立ち上がるのにはまだまだ時間が掛かる人、どんな人に対してもフィットする優しさがある。それは不意に頬を撫でるそよ風のような心地よさだ。

16. B-Side Blues
 「今までの思い出を大切にしつつも、未来をちゃんと生きたい」という思いを込めた、キリン『午後の紅茶』書き下ろしCMソング。穏やかでスケールの大きなサウンドと、ゴスペルのような崇高な空気感は、マジックアワーが訪れた海を眺めているような神秘性だ。これまでの人生を愛でながらも新しい日々に思いを馳せるようにアルバムを締めくくる。人間の繊細な感情を清らかに表現した柔らかい音色は、彼らの人生のすべてと未来への希望があってこそ生まれたと言っていい。
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